VOL.9 「大久保フット猿+イワオの裏庭」 1998.9.17
大久保フット猿+イワオの裏庭 特集
メンバー:石坪・BOSSI・信也/光永巌/横川タダヒコ
結成:1997年秋頃(らしい)。
初ライヴは大雪の成人式1998年1月15日原宿クロコダイル。続いて4月2日、渋谷Egg-manにて初ワンマンライヴ。4月~5月の「みんなの『俺さま祭り』うた」ツアーでは番外編として5月16日どしゃ降りの雨の夜、京都Nega-Posiでライヴ。(横川氏二日酔いのチカラの抜け具合が絶妙だった?)名演奏を披露し関西進出を遂げ現在に至る。おおくぼふっとさる???この珍妙な名前にたじろぎつつ我等サポーターも期待に燃える(ボウッ)。
BOSSIにFaxインタヴュー
-結成はどんなところから?
元々、メトロファルスのリズム隊強化を目的としたチーム。最初に新宿区大久保の某スタジオで練習試合をした事が名前の由来。
-今後どんな展開になるのでしょう。
タフな練習試合を重ね、我々も公式戦に参加できるまで向上したが、強化はまだまだ続く。目標は、もちろん2002年W.C.予選突破。
-試合中はここを見てちょうだいというところは?
メンバーの体力、技術、想像力、連係プレイを見て欲しい。
-「グルーヴ」ってなんですか?
MFから前線へのパスのタイミングとFWの前への動きがピタリと合う事。しかしこの場合、一連のプレイは、流動的にかつスピーディーに行われなくてはならない。
-ありがとうございました。
光永巌ソロ。
田村玄一/ライオンメリーをゲストに毎回リリカルな「裏庭」を展開する。
1993年11月2日、メトロの対バンとして5曲を披露したのが最初。約3年を経て1996年9月、青山陽一ライヴで再登場。続いて10月17/18日、画家のMAYA MAXXプレゼンツでいきなり2DAYSワンマンライヴを決行。今年5月16日には「大久保フット猿」の対バンとして関西進出(ゲストはほぼメトロ+スーパーメトロな川口義之)。その歌のほとんどは「奇妙なナース~テレサの海」に代表されるように(きっと)時間とか大切ないろんな手間暇をかけないとつくれない結晶のようなものでつくられている。
聞けばフルアルバムが1999年7の月までには出ると言うではないか。同時にとんでもないものが空から降ってきたとしてもそれまでに1度でも聴ければ本望というものだ。GUNちゃん、まってるぜえ。
いろんな質問を全部まとめて文章で応えてくれた光永巌さん。
メトロと裏庭のちがいを考える私は、ガンであります。結論。歌がちがう。どー考えても。片やミラクル七変化ボイス。片や少年少女合唱団ボイス。片や小説まで書いてしまう歌の世界を持つ詞。片や言葉よりゼスチャーの方が先にくる私。作詞だ~。どーすりゃいいの。という訳で新曲がなかなか出来ないのであります。でも出ます。出します。出させます。フルアルバム。だから待ってておくれ。1999年7の月。それまでには出すっちゅうの。ムギュッ。
「イワオの裏庭」で定番ゲストのメリイさんと田村玄一さん、川口義之さんに聞いてみました。
?イワオの裏庭で心掛けていることはありますか?
田村玄一
歌を含め世界がクリアーで嘘がつけないので、素直なよい音とコットン100%な気持ち。
子犬と戯れる少年。(オレが少年の方ね)
ゲスト)田村玄一
PEDALSTEEL GUITAR
STEEL PAN
ELECTRIC GUITAR
ライオン・メリー
目立たず、はしゃがず、出しゃばらず、地蔵の様に、ひっそりと、褒められもせず、さういうシンセを、私は弾きたい。今回は。
ゲスト)ライオン・メリイ---シンセ
!今回はイワオの裏庭、フット猿、両方に出演ですが、ひとことお願いします。!
川口義之
メトロファルスの有り様とは全く違うのがまた良い。
楽しませていただきます。
七年めの浮気ならぬ八年めの本気、本気と書いてマジでございまする。
まずは4曲入りのマキシ・シングル『薔薇より赤い心臓の歌(バラッド)』を11/25に出します。
来年にはアルバムを予定していますので、楽しみにしてて下さい。
メトロも12月にLIVEやるつもりだよ。そこんとこもひとつよろしくね。
伊藤ヨタロウ
メンバー:伊藤ヨタロウ/濱田理恵
ホーカシャンはヨタロウ七色ヴォイスに濱田理恵の甘い甘いハニーヴォイスがからまったお酒の入ったお菓子のような濃厚な味わいのユニット。結成から8年、初シングルがまもなく登場する。
セルジュ・ゲンスブール、ボリス・ヴィアン、ジャック・ブレル、アンナ・プリュクナル、さつ・めぐみ、ルイス・フューレイ、レイ・デイヴィス、ヴォードビル、クルト=ワイル、ジャンゴ・ラインハルト、マーク・アーモンド、ライフ・イズ・ア・キャバレー、トム・ウエイツ、レナード・コーエン、ドノヴァン、ボブ・ディラン、エトセトラ・エトセトラ・・・こんな人たちの声や詩、歌ってる姿や場所や時代とかを考えていると額は熱くなり、胸が高鳴る。20年近くバンド一筋でやってきた反動からか、例えばピアノだけで歌いたい、めちゃめちゃシンプルにして素朴な〈最初に歌ありき〉みたいなステージをやりたいという想いが募っていた。
そんな頃、この『薔薇より赤い心臓の歌』を書いた。子供たちの顔を窺い、子供達になんとか金を使ってもらおうと躍起になっている音楽産業、少年・少女向けの歌が主流を占め、おぢさまたちやオヤジどもが口ずさめるような歌などもう登場する余地もないこんな時代やさかいに、アマノジャックな僕は、どうやらシルバー・エイジに向けて曲を書いてしまった。(!?)
いい曲というのは、いい出会いを呼ぶものなのである。自我ズサン。まさにこの曲を書き上げた頃・・・というのはメトロが一年程お休みするちょいと前の1991年初頭の頃だが、流麗なピアノを弾いて歌もうたってらっしゃる奇麗なお嬢はんにめぐりあったのだ。
「彼女のツヤツヤして心地のよいピアノにまみれて歌いたい」速攻で僕は彼女に交際を申し込んだ。音楽交際である。あれから8年。僕らはさながら織姫と彦星の如く年に一度・・・か二度、盆暮れの正月の縁起モノか付け届けのように、めったに逢うことのできない悲恋の二人のように・・・・もういいか。とにかく気まぐれにライヴをやっては、「今年中にCDにします」と狼少年ならぬ狼オヂサンさながらに嘘を吐いては姿を隠してきた。その間、交際が交際の輪を呼び、ZABADAKの吉良くんをはじめ、大田くん(現カーネーション)や音大の女 の子やいろんな人が参加してくれてバンドッぽくなったりした時期もあったが、現在は今回のレコーディングのスタイルで、僕のダリエ様にサポートとしてヴァイオリンにHONZI、マンドリン、ギターに西村哲也(元グランドファーザース)の4人を基本セットとしている。ちなみに今回のレコーディングでは、一曲バカボン鈴木と玄ちゃん、もう一曲に川口くんに参加してもらっている。
もうこんな逃亡者みたいな暮らしはあきあきしたぜ。ちょっぴり口惜しいが仕方がない。僕たちが〈ホーカシャン〉という厳寒のアラスカの湖に棲み、オーロラが出る夜に水面をはねるという幻の魚の名を名乗る前から、大事に大事にしながらずうっーとやり続けてきた、いわば〈This is 肝SONG〉ともいうべきこの『薔薇より赤い心臓の歌』を心して聴かれよ。いやホント、だまされたと思って来て見て触って舐めてちょーだい。
ホーカシャンの写真キャプション:伊藤ヨタロウ
リリース情報(1998.9月)
ホーカシャン(マキシ・シングル全4曲)
1 薔薇より赤い心臓の歌(バラッド) |